■未来はすでに現実に。未知なる走りを最新EV“RS”の『Audi RS e-tron GT』で味わう
『Audi RS e-tron GT』で富士スピードウェイを走る機会を得た。エントランスにあるゲートを通過して駐車場まで移動させた、というオチではない。全長4563kmのレーシングコースを周回した。
1.5kmのメインストレートでは、先導するインストラクターが無線を通じて「220km/hに抑えて通過しますね」と伝えてきた。“抑えて”である。実際、抑えて走っているムードは満々で、無理せずとももっと出そうだった。実際、もっと出た(スミマセン)。
『Audi RS e-tron GT』は、Audiが販売する電気自動車(EV)初のRSモデルである。Audi Sport GmbHが手がけるRSモデルは、Audiが展開する製品ラインアップのダイナミズムを象徴するモデルとして、重要な役割を担っているという。
RSの魅力は、第一に標準モデルとは一線を画したデザイン。さらに、日常ユースにおける使い勝手の良さと、あらゆる場面で得られる最高水準のパフォーマンスを両立させること。そして、究極のドライビングで体験することができる力強いキャラクターだ。『Audi RS e-tron GT』は、そんなRSモデルの一員に加わったニューカマーである。
走行インプレッションに移る前に、『Audi RS e-tron GT』と標準モデルである『Audi e-tron GT quattro』との違いを整理しておこう。一充電走行距離534km(WLTCモード)を実現する総容量93kWh(実際の使用容量は84kWh)のバッテリーを搭載するのは、標準モデルとRSで共通している。フロントとリヤに独立した高出力モーターを搭載するのも同じだ。
異なるのは、エネルギーの使い方である。『Audi e-tron GT quattro』のシステム最高出力が350kWなのに対し、『Audi RS e-tron GT』のシステム最高出力は440kW。ローンチコントロール使用時はそれぞれ、390kWと475kWに跳ね上がる。
最大トルクは『Audi e-tron GT quattro』の630Nmに対し、『Audi RS e-tron GT』は830Nmに達する。『Audi RS e-tron GT』がローンチコントロールを使って発進すると、2320kgの低く構えた車体をわずか3.3秒で時速100km/hに到達させる。
外観では、タイヤ&ホイールがRSモデルの識別点だ。標準モデルの『Audi e-tron GT quattro』がフロント225/55R19、リヤ275/45R19サイズを標準で装着するのに対し、『Audi RS e-tron GT』はフロント245/45R20、リヤ285/40R20を履く。
両モデルとも21インチホイール(タイヤサイズはフロント265/35R21、リヤ305/40R20)をオプションで選択できる。ただし、ホイールのデザインは異なり、『Audi e-tron GT quattro』の21インチは10本スポークなのに対し、『Audi RS e-tron GT』の21インチは、空力性能を重視した5本スポークのエアロブレードタイプだ。
■『Audi RS e-tron GT』の速さは加速のみにあらず、ブレーキ性能の高さにあり
試乗車の『Audi RS e-tron GT』は、この21インチホイールを装着していた。前衛的な形状をしたスポークの隙間から、オプションのタングステンカーバイドコーティングを施した鋳鉄製の大径ブレーキディスクと、カラードブレーキキャリパー(レッド)が覗いていた。タングステンカーバイドコーティングは、いかにもEVらしい設定だ。
Audi e-tron GT系は、走行用モーターが備える発電時の抵抗を減速時に利用することで、減速Gが0.3Gまでの範囲なら油圧(摩擦)ブレーキの力を借りず、モーターの回生力だけで減速しまう。つまり、通常走行時のほとんどのシーンで、油圧ブレーキが働くことはない。
働かせずに放っておかれると錆が浮きがちになるが、その錆の発生を防ぐのがタングステンカーバイドコーティングだ。摩耗やブレーキダストの低減にも貢献するという。
サーキット走行では0.3Gを超えるブレーキングをしたはずなので、回生ブレーキで不足する分は、油圧ブレーキを上乗せして制動力を発生していたはずだ。
だが、ドライバー(すなわち筆者)が感じたのは、ただただ、しっかり利く安心なブレーキという印象だった。思いどおりに減速することができるので、安心して攻めることができる。
『Audi e-tron GT quattro』と『Audi RS e-tron GT』では、足まわりも違う。減衰力可変ダンパーは両モデルとも装備。『Audi e-tron GT quattro』がコンベンショナルなコイルスプリングを採用するのに対し、『Audi RS e-tron GT』は3チャンバーのアダプティブエアサスペンションを搭載する。
つまり、減衰力が可変なだけでなく車高も可変だ。効率をとことん追求する『エフィシェンシー』モードでは電費を稼ぐために車高を下げるが、『ダイナミック』では速く走るために車高を変化させる。
インテリアは、“折り目正しい”という表現がぴったりくるムードで満たされている。EVだから、高性能モデルだからといって、奇をてらうようなことはしていない。運転にとって必要な機能が、ストイックなほど機能的にレイアウトされている。
だからこそ、ホールド性に優れたシートに腰を下ろし、しっかりしたグリップのステアリングホイールを握った瞬間に、運転に臨むためのスイッチが入る。どこを押さえれば乗り手が浮き足立たない程度に高揚し、それでいて冷静さを保っていられるのか。アウディは勘どころを心得ているようだ。
■物理の法則を超越したかのようなコーナリング。”RS”の基準が更新された
『Audi RS e-tron GT』は、EVに独特のサウンドを響かせながらピットロードをすべるように走り、本コースに合流した。下りながら右に回り込む1〜2コーナーは様子見をするように通過し、2コーナーを立ち上がったところで全開……。
宇宙を舞台にしたSF映画に出てくる小型戦闘機がワープする瞬間を想起した。点だった星々が線になったかと思うと左右を高速で流れていく。未来的なサウンドをBGMにして。『Audi RS e-tron GT』がもたらす加速は、まさにそんな感覚である。
圧巻の加速であり、未知の体験だ。まず、レスポンスがいい。いや、「いい」という表現では生ぬるくて、鋭い。背中を蹴飛ばされたような強烈な加速だが、化石燃料の爆発的な燃焼によって生み出すパワーがもたらす加速とは、種類が違う。電気エネルギーとモーターが提供する加速は応答性が高く、リニアで、なにより、サウンドが未来的だ。
前述したように『Audi RS e-tron GT』のブレーキは何の不安もなく狙いどおりに減速してくれる。そのときの姿勢もいい。ドライバーを不安に陥れたり、視線がぶれたりするほど前のめりになったりしない。
100Rやヘアピンといった、大きな旋回Gが掛かるコーナーでは、磁石で引っ張られているのかと思うくらい、路面に張り付いている感覚がある。タイトなコーナーが連続する最終セクターでは、2トン超の巨体がミズスマシのようにスイスイ向きを変える。『Audi RS e-tron GT』は、RSモデルが伝統とする「最高水準のパフォーマンス」を次のステージに引き上げたと断言していい。
1980年にデビューした初代quattro以来、アウディの4輪駆動システムは、エンジンが縦置きであれ横置きであれ、メカニカルコンポーネントで構成されていた。以来40年、Audiは4輪駆動と向き合うなかで、前後にトルクを配分することで広がる可能性を知り、同時に限界も知った。
これまで機械的構造ゆえに存在した限界を打ち破ったのが、フロントとリヤに搭載するモーターを独立して制御できる電動4輪駆動のquattroだ。4輪駆動を知り尽くしたAudiだからこそ可能になった制御があり、それが隠し味のように『Audi e-tron GT』シリーズのスムーズかつ能力の高い走りの実現に効いている。
■コンパクト最速のニュル7分40秒748。『Audi RS 3 Sedan』の刺激的な実力
『Audi RS e-tron GT』を振り回した興奮が冷めやらぬまま、新たな興奮と直面した。発売になったばかりの『Audi RS 3 Sedan』に試乗するチャンスを得たからだ。Audi Sportが手がけた『Audi RS 3 Sportback/RS 3 Sedan』は、これまでのRSモデルの例に漏れず、サーキットで真価を発揮する実力を備えつつ、日常ではプレミアムなカーライフを約束する。
エンジンは2.5リッター直列5気筒直噴ターボを搭載。最高出力は400ps、最大トルクは前型比20Nmアップの500Nmを発生する。組み合わせるトランスミッションは7速DSGだ。
ニュルブルクリンク北コースを7分40秒748で周回し、コンパクトクラスの従来記録を4秒64上回って新記録を樹立したと伝えれば、新しい『Audi RS 3』の実力がわかろうというものだ。0-100km/h加速は3.8秒でこなす。
記録更新に大きく貢献したのは、quattroシステムに組み合わせた『RSトルクスプリッター』と呼ぶ電子制御デバイスだ。リヤデフの左右に電子制御式の湿式多板クラッチを備え、走行状態に応じてコーナー外側後輪のトルクを増加させるシステムである。
コーナリング中は、リヤの外輪により多くのトルクを配分することで、旋回性を高めることが可能となる。また、外輪側のトルクを増加させる機能を存分に引き出すことにより、ドリフトしやすい状態を作り出すことも可能だ。
富士スピードウェイでの試乗では、スケジュールの都合により、コーナー外側輪により多くのトルクを配分するRSトルクスプリッターを試すことができなかった。改めて、別の機会にテストすることを楽しみにしている。
しかし、RSトルクスプリッターに頼らずとも、『Audi RS 3 Sedan』の高い実力を知るには充分だった。刺激的なエンジンサウンドと力強い加速、そして、正確無比なライントレース性とブレーキング時の安定した姿勢、それにコーナリング中の高いスタビリティがもたらす走りは、まごうことなき“RS”の世界だった。
「究極のドライビングプレジャー」を提供してくれるのは、RSモデルに共通する最大の特徴であり、美点である。電気で走る『Audi RS e-tron GT』とガソリンで走る『Audi RS 3 Sedan』で、そのことを再確認した。
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■【Special column】
飛び入りゲストの高木虎之介さんが『Audi RS e-tron GT』をドライブ。「トラクションがいいし、十分レースができるレベル」
今回の『Audi RS e-tron GT』のサーキット試乗会に飛び入りゲストとして参加した、ご存知、元F1ドライバーで現在スーパーGTでENEOS X PRIME GR Supra のチーム監督を務める高木虎之介さん。富士スピードウェイで初めて試乗した『Audi RS e-tron GT』のパフォーマンスに、走行後は感心しきりの様子だった。
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「Audi RS e-tron GT、いったい何馬力あるの? というくらい速かったです。馬力換算なら600馬力と聞いて、電気自動車でこんなにサーキットを走れるのなら、このクルマでレースをやっても全然いいと思えるレベルでした。エンジン車のAudi TT RSの先導車両に何度も追いついちゃって、アクセルを戻すくらい速かったです」
「Audi RS e-tron GTの車体は2.3トン。たしかにブレーキングでは、シフトダウンとかができなくて、そこはエンジン車とは違うし、重さも感じました。でも、コーナリングでは、とにかく重さを感じなくてパワーを掛けていけました。トラクションは、すごく良くて、走りでは重さを感じなかったです」
「モーターなので、加速ではシフトアップしていく感覚と違って、知らぬ間にサーキットだと250km/hくらい出ていました(笑)加速がとにかくスムーズ! すごく安定していてサーキットで走っても怖さを感じさせない。もちろん、コーナーでアクセルを踏みすぎたらトラクションが掛かりすぎて、モーターでもリヤがスライドして流れてしまう。ダンロップコーナーでこんなに重いクルマでリヤが流れて大丈夫かなと思ったけど、モーターのトラクションで立ち上がりからどんどん登っていけました。十分、サーキットでEVレースができると思いました」